大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和41年(ワ)565号 判決 1968年7月02日

原告

崔鐘律

代理人

猪野愈

川村フク子

被告

京都府

右代表者

蜷川虎三

指定代理人

松本順三

ほか一名

主文

被告教育庁文化財保護課において保管中の古銭約五〇キログラムが、原告の所有であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、

一  請求の原因として

(1)  原告は古鉄商を経営するものであるが、昭和三七年八月五日訴外河八文らから古銭約五〇キログラム(八、〇〇〇枚)を、買つて欲しいと持ち込まれ、右古銭が右訴外人らの所有に属するものと信じ、平穏、公然、無過失にて、これを貫当り金五〇〇円合計金六、五〇〇円で買受け、引渡しを受けてその占有を始めたものであるから、民法第一九二条によつて右古銭の所有権を取得したものである。

(2)  ところが右古銭は翌八月六日京都府堀川警察署員により訴外河八文らにかかる遺失物法違反被疑事件の証拠品として押収されたが昭和三八年に至つて京都地方検察庁から原告に還付された。原告は、その頃右検察庁から右古銭を受取り、同庁係官の指示により前記堀川警察署に立寄つたところ、同署は、原告の所有であつても六カ月と一五日間を経過していないから預るといつて、原告より右古銭を取り上げた。

(3)  右堀川署は、昭和四〇年一二月三日被告教育庁文化財保護課に右古銭を移管し、現に被告が右古銭を保管している。

(4)  被告は右古銭が原告の所有であることを争う。

(5)  よつて原告は被告に対し、右古銭が原告の所有であることの確認を求めるため本訴請求におよぶ旨陳述し

二  本訴において被告が当事者適格を有しない旨の被告の主張に対し、本件古銭に対する所有権が原告に帰属することを争つているのは、京都府教育庁文化財保護課の職員であるから被告は、本件訴訟における被告適格を有するものである旨陳述し、

三  (証拠)<略>

被告代理人は、「本件訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決、右理由がないときは「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、

一  答弁として

(1)  原告主張の請求原因(1)の事実中原告が古鉄商を経営し、昭和三七年八月五日訴外河八文らから古銭を買受け引渡しを受けて、その占有を始めたことは認めるが、その余の点は否認する。右古銭の量は八四キログラムである。

(2)  同(2)の事実中、右古銭が昭和三七年八月六日京都府堀川警察署員により押収され、その後京都地方検察庁から原告に還付されたことは認めるがその余の点は否認する。右検察庁が原告に還付したのは昭和三八年一〇月二一日である。

(3)  同(3)および(4)の各事実は認める。

(4)  本件古銭八四キログロムは訴外河八文他五名によつて昭和三七年八月五日京都市所有の道路工事中に発見され、同日右訴外人らより原告に売却されたものである。京都府堀川警察署長から昭和三七年八月一四日、被告教育委員会を経由して、文化財保護委員会に右古銭について発見者河八文他五名、土地所有者京都市として「埋蔵文化財提出書」が提出され、文化財保護委員会は昭和三七年一二月二二日文化財保護法第六一条第二項により、右古銭を埋蔵文化財と認定し、同日被告教育庁文化財保護課にその旨の認定書を送付した。被告教育庁文化財保護課は昭和三八年一〇月一七日文化財保護委員会より右古銭を発見者並びに土地所有者に現物譲与する旨の通知を受け、誰に譲与すべきかの判断に苦しんでいるもので、現物譲与を受ける権利者が誰であるかについて、文化財保護委員会判明し地方検察庁などの意見を聞いたがや京都ない。

(5)  右古銭は現在、被告教育庁文化財保護課において保管しているが、右古銭は文化財保護法六〇条の埋蔵物であり、文化財保護委員会の所掌にかかるもので、被告教育庁文化財保護課は、文化財保護委員会の指揮監督を受け、同委員会の「埋蔵文化財の取扱について」なる通達に基づいて、右委員会の補助的執行機関として、右古銭を保管しているものに過ぎず、被告が自主的に、これを占有保管しているものではない。

(6)  よつて地方公共団体である被告は本件訴訟において被告たる適格を有するものではないから、本件訴は不適法として却下さるべきものである。

(7)  右理由なしとするも、原告は、本件古銭について所有権を有するものと断定することはできないので、原告の本訴請求は棄却を免れない旨陳述し

二  <証拠略>

理由

一被告が原告主張の古銭を占有していること、および原告が右古銭は原告の所有と主張し、被告はこれを争つていることは当事者間に争がなく、右古銭が被告主張のとおり、文化財保護委員会において文化財と認定され被告が同委員会の機関として、これを占有しているものであつても、被告が右委員会より発見者ならびに土地所有者に右古銭を現物譲与する旨の通知を受け、誰に譲与すべきかの判断に苦しんでいることは、被告の自認するところであるから、原告が被告に対し、右古銭について即時、所有権存在確認を求める法律上の利益を有するものということができる。

二原告が被告に対し、右古銭について所有権存在確認を求める利益を有する以上、被告は、本件訴訟において被告たるの適格を有するものといわなければならない。

よつて本件訴の却下を求める被告の申立は失当である。

三原告は昭和三七年八月五日その主張にかかる古銭の所有権を民法第一九二条により取得した旨主張するので検討する。

(1)  原告が古鉄商を経営し、昭和三七年八月五日訴外河八文らから原告主張の古銭を買受け、その引渡しを受けて占有を始めたことは当事者間に争がない。

(2)  占有者は所有の意思をもつて善意、平穏かつ公然に占有をなすものと推定されるので、原告は昭和三七年八月五日右古銭を善意、平穏かつ公然と占有を始めたものと推定され、右推定に反する証拠はない。

(3)  そこで、原告が右古銭を買受けるにあたり、訴外河八文らが右古銭を有効に売渡す権能を有すると信ずることに過失がなかつたかどうかについて判断するに、右(1)の争のない事実に、証人原崎サチおよび原告本人の各供述を総合すれば、原告は昭和三三年春頃から、原告肩書住所において古鉄商を経営し、鉄工所や廃品回収業者らから、古鉄類を購入して来たところ、昭和三七年八月五日の夕方、労働者風の者が二人、四角な穴のあいた一文銭を掌中に入れて右原告住所に持参し、これを買つてくれるかと尋ねたので、スクラップとしてならいくらでも買う旨答え、要求により容器を貸与したところ、まもなく訴外河八文外四人位が、それに、一文銭の四角な穴に、麻紐のようなものを通して括り、それが青錆で、固まつていた古銭一三貫(原告主張の本件古銭)を入れて持参したので、原告は、それが右訴外人らの所有であると信じて、右古銭を貫当り金五〇〇円合計金六、五〇〇円で買受けることにし、即時右訴外人らに右代金を支払つて、その引渡しを受けて、その占有を始めたものにして、これ以前にも右訴外人以外の者より少量ではあるが古銭を買つたことがあることを認定することができ右認定に反する証拠はない。

右認定事実および占有者が占有物の上に行使する権利は、これを適法に有するものと推定される(民法第一八八条)ことから、原告が、右訴外人らに、右古銭を売渡す権能があると信ずるに過失はなかつたものということができる。

(4)  そうすると、たとえ訴外河八文らにおいて、右古銭を原告に売渡す権能を有していなかつたとしても、原告は昭和三七年八月五日原告主張の古銭の所有権を取得したものといわなければならない。

四叙上の理由によれば、原告の本訴請求は相当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(常安政夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例